2007-02-10

心にナイフをしのばせて/奥野修司


文芸春秋

30年近く前,高校生が同級生の首を切断して殺害した事件の被害者の家族のその後を描いたノンフィクション。被害者の家族は徐々に崩壊していくが,父がギリギリのところで踏ん張り何とか完全崩壊は免れる。この崩壊模様は読んでいて痛々しくなる。自分を保つだけで精一杯で,犯人を恨むところまで精神を持って行けないのだから。

予想していない家族の死はそれを受け入れるまで時間がかかる。私の母は年齢から考えれば寿命とも言えるが,病院に30年以上通わず身体は徘徊癖に困るぐらい元気だった。しかしある日突然亡くなり,それを受け入れるまで1週間程度かかった。

これを考えると,我が子を失ったショックは計り知れないものがあると予想する。しかも事故ではなく殺人なのだから尚更だ。ニュースでは事件直後の被害者遺族の様子がよく報道されるが,その時の悲しみは誰もが予想できることだろう。

しかし,それ以降本書に書かれているようになることを予想できる人は少ないと思う。私は浅はかなので,遺族は恨みで一杯なんだろうなと思っていた。

一方,加害者の方は実父の愛人の養子になり姓を変え,現在は弁護士となり事務所を構えるほどになったという。被害者への謝罪の言葉は一切無し。30年分割で支払うと約束していた賠償金も2年間支払っただけ。

殺害に至る原因は分からない。死人に口無しなので加害者の証言が真実とは限らない。加害者が自分は悪くないと思っているのなら,謝らなくてもいいだろう。(人としては付き合いたくないタイプだけど。)しかし,殺害したことは事実なのだから賠償金を払わなくてはいけないだろう。法律の世界で生きているんだし。それをやらない人間が弁護士という職業に就いている事がおそろしい。